佐藤卓己 著
いわゆる誤報、フェイクニュース、意図的か、そうでないかは別として、結果は、人を惑わせる、間違った認識を持たせる、効果は絶大だ。
一度、流れた情報は元には戻せない。いくら訂正したとしても、最初の情報を得た人全てに訂正情報を届けることは無理だ。
また、届いたとしても、人の一度得た印象というのは、完全に元に戻るとは限らない。
著者は、歴史的事例を再検証した上で、いわゆる流言を排除することはできず、表現の自由との関係も踏まえ、「耐える力」の重要性を挙げる。
何でもそうだが、過去を知ることによって、われわれは未来に備えてきた。それしかないといってもよい。
そういう意味で、やはり一度、振り返って、こんなことがあった、あんなことがあった、と考えてみようじゃないか。
同じ手にひっかかるのだけは嫌だ。
<目次>
第1章 メディア・パニック神話―「火星人来襲」から始まった?
第2章 活字的理性の限界―関東大震災と災害デモクラシー
第3章 怪文書の効果論―「キャッスル事件」の呪縛
第4章 擬史の民主主義―二・二六事件の流言蜚語と太古秘史
第5章 言論統制の民意―造言飛語と防諜戦
第6章 記憶紙の誤報―「歴史のメディア化」に抗して
第7章 戦後の半体制メディア―情報闇市の「真相」
第8章 汚染情報のフレーミング―「原子マグロ」の風評被害
第9章 情報過剰社会の歴史改変―「ヒトラー神話」の戦後史から
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